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「安定」こそ [教育]

 戦後初代のアデナウアーが14年、東西統一を成したコールが16年、そして、メルケルも12年が経過しています。ドイツの歴代首相の話です。比べて日本、調べてみたら現在で36回変わっています。驚きですね。
 「安定」が何よりも重要な価値観であるという意味では、学校も似ているのではないかと思います。安定は、子どもと先生方を冷静にして安心させるからです。決して、年数が長ければ安定するというわけではありませんが、大切な視点を見落とすことはできません。
 国も学校も経営という点では、長いスパンで何が良いのか。何を今すべきなのかを考えることができる、答えが出るまで待つことができるというのは大変な利点だと思うのです。
 前任者の鐘の音が止むのを待たずに、改革の鐘を高らかに鳴らしてヒンシュクを買う方がいれば、相手が弱っている今がチャンスとばかり解散する愚挙に出る方もいる。
 ドイツにメルケルさんを見習わなければ、今、トランプ氏に堂々と渡り合えているのは彼女だけのような気がします。
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行くとその国が好きになるのに・・・ [日記]

 いろんな国に行ってみると、その国が好きになる。
 過酷なカンボジアでも、騒々しい中国でも・・・歴史や文化に触れると、時空を越えてその国に自分が引き寄せられていく。旅行のたびに紀行文を冊子にまとめながら、わたしは旅の終わりを締めくくっている。
 転じて、今、ニュースを聞いていると、その人が嫌いになってくる。
 芸能人も、政治家も、ニュースに出てくる方は醜い。不倫などというものは他人事としてどうでもよいことではないか。暴言政治家が三か月ぶりにテレビに出て謝罪?この人は他人から下げすまされたことがない人のようだ。随所に言い訳が入り込み、本気で謝っていないことが透ける。
 選挙がありそうだが、その理由づけがなさけない。こんなニュースばかり聞いているから、国民の政治不信は高まるのである。ところでA夫人、タラップで笑顔を振りまいていたが、この人、今、自分が国民からどう思われているのか、わかっていない。・・・・
 あーあーっ。わたしたちはこんなことは知りたくないのだ。
 マスコミもこんなニュースばかり流していると、日本から「信頼」の文字が消えて「不信」の国になってしまうのではないか。
 わたしは、聞くとその人が好きになるようなニュースを求めている。
 
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信頼されている学校 [教育]

 大阪商業大学のJGSS(日本版総合的社会調査)では、社会に影響をもつ組織に対する信頼感を、2000年から15年まで10回調査しています。
 その結果によると、「病院」が90%前後、「学校」は70~80%台、「学者・研究者」は凡そ70%、「中央官庁」と「労組」は40~50%、「国会議員」は50%以下となっています。
 意識としては叩かれっぱなしのように思える「学校」への信頼が、まだ高いことに胸を撫で下ろしています。信頼度45%の市町村議員を含め、政治家たちにとやかく言われたくはないですね。
 「信頼」と「信用」との違いについて調べたことがありました。信頼というのは、「裏切り覚悟の信用である」という結論だったように思います。ですから、先生方は、裏切られても付いてきてくださる多くの人々がいることを踏まえて、常に謙虚に、真摯に教育に当たらなければなりません。この数字は、概ねそれが認められているということではないでしょうか。
 政治家は、国民から選挙によって選ばれます。自分たちが選んでおきながらこの数値はなんだ!と思えるのですが、そもそも国民は「信頼」しているのではなく、一時的に「信用」しただけで、今の政治家の裏切りが許せないのです。
 信頼される学校、大切にしなければなりません。
 
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政治不信がもたらす選挙の意味 [日記]

 「衆院解散か?」の文字が活字になり始めています。
 民進党がゴタゴタしている今がチャンスと見たか、支持率が回復している中、森友・加計問題で再び下落に転じたくないのか、その下心が透けて見えるようです。
 日本上空を北朝鮮のミサイルが飛ぶという国辱的事態が生じているとき、拉致問題を脇に置きざりにしたまま、政治家というものたちは何を考えているのでしょう。それは国民でもなければ国家でもない、ずばり「自分」のこと、つまり「選挙」しか目に無いようです。
 それは、自民党だけではありません。民進党を離脱している彼らとて、選挙という我が身のことを一番に考えた上での建て前を政治ゲームの中で演じているだけのように見えます。
 そもそも、わたしたち国民の過半数が政治を信頼していません。どんな選挙結果が出ようと、当選者たちは、一票一票を自分への信頼などと、おめおめ読むようなことはやめていただきたいと思います。獲得した票の半分は、誰かへの不信によって流れ込んできた票なのです。
 この時期を時機ととらえるような輩は、信頼おけないのだが、それでも選挙というものは選択することを求めます。当然、その選択は積極的であることが望ましいのですが、半分の国民に消極的選択という事態が生まれているのです。こうして選ばれた政治家は、信頼されるべくもなく、最近のマスコミが流す不審事によって、その不信は増長されているという状況にあります。
 こんな政治不信の中で、たとえ「大きな力を得たとしても大きなことをしてはいけない!」国民の常識は、あなたたちに赤点の50点をつけているのだから。奢ることなかれ!と言いたい。
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「沖縄と核」から [日記]

 NHKスペシャル/スクープ『沖縄と核』に感じたことです。
 沖縄は、45年前の本土復帰まで極東における米軍の“核拠点”とされていた。一昨年、米国防総省は「沖縄に核兵器を配備していた事実」を初めて公式に認め、その機密を解除した。本スクープは、開示された極秘文書をもとに、元兵士たちに取材する。
 そこから浮かび上がってきたのは、“核の島=沖縄”という衝撃的な実態だった。配備された1300発の核兵器は全世界を壊滅させる量であった。冷戦下、東西の緊張が高まるたびに、最前線として危機的な状況に置かれていたこと、さらには、「核」の存在こそが、沖縄への米軍基地集中をもたらす要因となっていたという新事実が明かされた。
 1950年代から急速に部隊の核武装化を進めようとした米と、国民に隠しながらも「核」を欲した日本、両者の思惑の中、“唯一の被爆国”でありながらも、その番外地として、重すぎる負担を沖縄に背負わせたのである。
 なぜ、沖縄の核拠点化が推し進められたのか。1950年代に起きた朝鮮動乱、台湾・中国国境紛争、そしてキューバ危機が、極東への核配備を求めた。本土配備が画策されていた時、ビキニ環礁での水爆実験による第五福竜丸の事件が起きる。世論に本土配備の選択肢は消えた。5年後の1969年11月、沖縄返還の時、佐藤栄作、ニクソンの間で各密約が交わされる。
 元国務長官のレアードは、「日本が沖縄を選んだ」と取材に応えた。
 驚きと怒り、沖縄県民はどんな思いで観たのだろうか。
 そして、本当に今、非核三原則は守られているのだろうか。まさか、沖縄外しがまた行われていないのだろうか。
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人手不足って、ホント? [日記]

 この頃、メディアは「人手不足」による経済界の問題を深刻に取り上げている。嘘ではないだろうから本当なんだろうと思いながらも、ちょっぴり信じ難い。
 人手不足は、コンビニや居酒屋、運送業などでは起きているらしいが、他では長時間残業が問題になっているのだから、どうも限定された中での話のようにも見える。そもそもバブルが崩壊してから、低賃金によるデフレ現象が顕著になり、一向に経済が活性化しないということで、今、アベノミクスという手段がとられているわけではないのか。
 この人手不足によって、居酒屋さんも安い賃金では店員を賄うことができず、高い賃金で人を雇わなければならなくなる。当然、これまで安く飲めた料理の値段に賃金高騰分がかぶせられてくるので、、徐々にインフレ傾向に移行していくのではないか。しかも、こうしたことがあらゆる職種で起きれば、消費拡大に結び付き、経済は活性化する。あれっ?どうも悪いことばかりではないらしいぞ。
 人手不足になって、賃金が上がり、消費が増え、経済が成長するというのは、そもそもアベノミクスのねらうところだったはずで、それが、人手不足の為に経済が成長せず大変だ、とする一部メディアの報道に首を傾げてしまう。
 最近、ポイッと入った駅周辺の居酒屋、どうせバイトがやっているのだから旨くないという先入観もあってか、まずい店が多い。しかも、味は最低でも料金だけはしっかり二流程度の金額をとる店まである。飲んで外に出て思うことがある。あんな料理と酒に払う金があったら、花小路のしっかりとした店で、しっとりと飲めたはずなのにと後悔している。
 ともかく、心が充たされない社会は貧しいのだ。
 
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美味しいはずのバナナ [日記]

 バナナは当たりものである。その美味しいバナナの二日目の朝、皮を剥いたら、黄色みがかった美味しそうな中味が出てきた。・・・・うっ? 一円玉より一回り小さい黒い斑点があるではないか!
 見れば、そこだけがややへっこんでぐちゃぐちやになって、芯に向かうほど傷んでいるのだ。
 最近は、週に4,5回はスーパーに通う買い物マニアになっている。とくに午前中のスーパーはシルバータイムになっていて、わたしもその仲間入りをしている。すると、いるわいるわ。大抵は女性が多いのだが、パックを持っては指で押し、大根を両手に重さ比べ、そして試食のはしご。ここで問題なのは「指押し」。これだけはやめてほしいものだ。せっかくの美味しいはずのバナナが台無しになるではないか。
 指押しする方に限って買わないのだから、笑い話にもならないよ。
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学力問題 [教育]

 学校教育法第30条2項が示す学力は、「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」であり、それぞれ「習得」「育成」「涵養」するものとされている。
 学力テストでは、「知識・技能」と「思考力・判断力・表現力」の一部を量的に測定することはできるが、「学びに向かう力・人間性等」質的な部分は測定することは難しくなる。
 学力テストの点数が悪いということは、この前者の部分が悪いということになるのだが。しかし、気をつけなければならないのは、これら知識や技能等の「獲得の仕方・方法」がまずいということにもつながっている。つまり、そもそも質的な部分が悪いから量的な部分が獲得されていないということになる。要は、思考力・判断力・表現力等を「働かせる」ことのできる子どもにとって楽しい授業をめざさなければならない。
 学力問題について思いつくところを指摘してみたい。はじめの2つは政治だと思う。
  〇「教員養成に対する将来不安」教員養成に対する確固たる意思が見えなくなった。
  〇「施策が及ぼすときめき効果の退行」さんさん以来、カンフル剤が打ち出されていない。
  ◇「教科の専門性、見方・考え方の軽視」何を大事にどう考えるべきか。教科毎に一貫したも    のがあるはず。
◇「授業の基本の軽視」教材の構成提示、発問、板書構成、そして話し合いが基本。
  ◇「エピソード評価による自己満足」総合は大切だが、未熟な若者には魔物である。
  ◇「座って授業、高齢化?」教師はもっとアクティブにならなければ。
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どらいぶ スル! [日記]

 22日午前3時半に山形を発つ。13号線を北上して大曲から105号線に入り、秋田縦貫鉄道と並走しながら、マタギの阿仁を通って鷹ノ巣に出て、大館で7号線に乗る。ここまで5時間ちょっと。平均速度は60キロ程度。早朝、しかも信号なしの山間道。高速は院内~横手と鷹ノ巣~大館間の無料区間のみ利用。
 結婚当時、妻の実家は二ツ井町にあった。新庄からそこまで7時間以上かかったと記憶する。13号線と7号線を使って能代経由で通った。真っ正直に国道をひたすら走っていたのだろう。
 今や、ドライブ好きが功を奏して、東北圏内ならいろんな道を知るようになり、ドライブの楽しみは倍加した。
 今回は、青森に一泊して、五所川原を通って秋田犬の「わさお君」に顔を出し、深浦で好物のサザエとアオミズのお浸しを食べて、秋田で墓参りをしてから象潟に一泊した。
 酒が勇気を運び、次の日、まだ見ぬ里、西馬音内に向かった。それも通常ならば、本荘経由で行けば問題がないものを、象潟~矢島間の山道を試してみた。ここは鳥海、自殺の名所、やっと車一台が通れるような暗いやぶの道、所々に「独りで入るな」とか「ケータイ持て!」の立て看板、途中には山小屋まであって、もはやドライブコースではなくなる。車を降りて休むにも熊がいつ出てきてもおかしくないほど山深い。妻は手に汗を握りながら、10数キロを時速10キロ程度で進んだ。
 ナビが表示する道路が赤から青に変わり、やがて矢島に出る。二度とこの道は通るまいと思う。
 「どらいぶ スル」ことの醍醐味は、どうやら、この人生の選択に似たスリルにあるのかもしれない。
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終戦に因んで [日記]

 今年はいつもの年と比べて、終戦にまつわる番組が少なかったような気がする。それでも、心打つ番組が多かった。その中で「インパール作戦」「東京・戦後0年」そして、ドキュメンタリードラマの「華族・最後の戦い」が印象深い。
 特に「華族・・・」では、昭和20年敗戦後の日本に訪れた皇室の危機に際し、天皇の藩屏たる華族がいかにして皇室を守り抜いたか、内大臣木戸孝一の日記などの資料を元にドラマ化された。
 視聴してその趣旨は十分に汲み取れたのだが、新たな感慨が浮かんだ。
 一つは、維新以後の日本が、維新の英傑の血筋によって推し進められたという事実である。木戸孝一は孝允の孫であるように、近衛文麿以下の登場人物はすべて維新の世に結びついていた。だとすれば、この70年のまさに「国体」は彼らによって形作られ、最後は誤った道を突き進んだのではないかということである。
 もう一つは、華族を中心にして、戦争責任を軍部、とりわけ東条英機に負わせていったという事実である。確かに、日中戦争を続け、太平洋戦争に突入せざるを得ない状況を作り、そこに突き進んでいった責任は陸軍にあるのだろう。そして、東条には立場的責任がある。しかし、戦争に向かう横溢するような機運を生んだのは誰なのかということである。大東亜共栄圏を夢見た経済界の思惑が軍部を動かし、政治を無力化したとも考えられる。この見えざる力が、世論を変えていく事実を見逃してはならないような気がする。見えざる力が何であるのか、戦後70年を過ぎてもわからない。
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