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「知識」と「常識」 [教育]

 知識とは、「事実に基づく知」である。
 常識とは、何だろうか。「解釈」のようなものではないだろうか。だから、一人一人の解釈が違うということも当然起こりうるわけで、こうした主観の多数決(大団円)みたいなものを「常識」としているのではないだろうか。もっと大きく考えてみると、常識というものは、その時代、その国、その組織、・・・だけに通用するものだったに違いない。
 「特別の教科 道徳」が来年度から始まる。改正教育基本法第二条に「教育の目標」が細分化されて明示され、それが道徳のランクアップにつながったようにも見えるが、さして大きく変わったようには見えない。変わったのは教科になってやり方が変わった。評価もしかりである。
 各教科の評価対象は、大きな意味での「知識」である。すると、道徳は「常識(解釈)」を評価するのか?
 道徳は、もとより模範解答はない。自分とは違う人間が世の中に存在していること(多様性)を認めていくことを学んでいく時間であるととらえることもできる。
 それでも「分からないことが分かるようになり、できなかったことができるようになる」という教科の特質に共通するものが道徳にもあるのだと考えている。この辺が突き詰められていないと「特別の教科 道徳」は、内心の強要に発展する恐れさえある。
 「へえーこんな考えもあるのか」というような「気づき」、「A君の言葉に、あのジャンバルジャンのように、立ち尽くすだけでした」などの「ふり返り」などが、評価として研究されていく必要があるのではないだろうか。
 「嘘」は自分の行為としてはよくない。だが、相手を考えた上での「嘘」というのもある。
 「普段噓つきの子ども」が嘘を否定し、「いつもは正直な子ども」が嘘を許す場合だってある。
 間違いなく「正解」はなく、「その子在ってのその応え」があるのだから、求められるのはそれを理解できる先生ということになる。
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孫の運動会 ~仙台にて~ [日記]

 仙台には孫が二人いる。6年生と4年生の男子である。この頃は、スポ少で忙しく、会うのは数か月ぶりだ。
 「やぁー」と声をかけて、ふと思った。「顔の位置がいつもとやや違う!」と。頭の先から足のつま先まで見直してみる。「あーそうか」と気づく。また、身長が伸びたのだ。もう160㎝を越えるほどに伸びた上の子は、なんだか逞しく見えた。
 上の子は、短距離走をぷっちぎりの速さで走り、選抜対抗リレーではダイナミックな走りで会場を魅了していた。あの偏食でやせ細っていたあの孫が、こんなに輝いているのだから、子どもの可能性というのはわからない。昨晩、妻が「6年生だからいろいろ仕事があるんでしょう?」と聞いていた。「大した仕事などないよ!」という返事が聞こえた。ところが、どうだろう。グランドに行ってビックリ。国旗掲揚係の先頭で入場行進をしているではないか。はてまた、選抜リレーでは低学年の子どもを面倒見てやり、チーム全体に声をかけまとめているではないか。親にも教えず、我のみぞ知るである。
 上の子は、寡黙ながらも、仕事は決める「男」になっていた。50年以上も前を思い出してみる。わたしも父にはもちろん母にも、肝心なことは何も告げていなかったような気がする。変な所が似るものだ。
 そんな兄貴を見てきた下の子も、変身の兆しが見えてきた。お世辞にもうまいとは言えなかったダンスも、本部前のセンターで踊っているではないか。あまりやる気が見えなかった短距離走も、最終組の前の組で1位をとるまでになった。「爺じい」馬鹿かもしれないが、ひそかに来年の選抜リレー入りを期待している。
 運動会という定点観測地点で見ていると、子どもの成長がよく見える。そして、血のつながりを感じるのだが。
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孫の運動会 ~川崎にて~ [家族]

 澄み切った青空、強い日差しの中、時折吹いてくる心地よい風。孫花音の学校の運動会が土曜日にあった。事前に優待席券と許可証(敬老席とは言わないのだろう?)を郵送してもらい、学校に入る時にそれらを提示する。すると、受付の方が肩にリボンをつけてくれる。池田小が残した教訓が大切に守られていることを感じる。
 会場のグラウンドは一炊の余地もない程の人たちで埋め尽くされている。祖父母の姿が目立つ。優待席のテントだけで4張りだ。地域色の薄い人々が、家族的つながり、つまり個人的意味合いによって、これだけの人々が集まっているのである。
 徒競走は女子最終組で2位、立派である。男女混合騎馬戦、旗手となって相手から帽子をもぎ取る快挙、こちらも力から入った。最後の対抗リレー、選ばれるだけでも名誉。「昼飯も喉を通らない」と言っていた緊張を他所に、孫の白組は、とうとう最後まで1位でつないだ。わたしたちがうれしく思うのは、孫が活躍している姿を見て思うことはもちろんだが、こうしてみんなとつながって楽しく生き生きと生活していること自体がうれしい。
 次の日の日曜日、息子夫婦が銀座でランチを予約していてくれていた。みんなで楽しく一通り食べ終わった頃、ケーキや果物が載った大きなプレートが運ばれてきた。見れば、「弘じい、お疲れさま」とチョコレートで書いてある。祭りのように終わった5年前の退職。今、家族同士が向き合って、こうした時間が共有できていることが格別である。妻もいろんな意味でうれしかったのだろう。目に涙を溜めていた。




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我がドライブ [日記]

 昨日は、走行距離約450kmをドライブした。
 大峠から会津、下郷、田島と国道121号線を進み、日光と桧枝岐の分岐点から日光方面へ、途中から那須塩原へと向かい、国道4号線、13号線を経て自宅に戻るという強行軍である。出発は午前7時で帰宅は午後8時を回っていた。
 まぁ、こんなドライブは仕事を抱えていてはできない。しかも、高速は使わない。道の駅はすべて寄るというのが基本方針である。オプションとして湯野上温泉と塩原温泉で足湯に使った。幸せが足元で笑っていた。朝食は手作りのサンドイッチ、好きな時間にここぞという場所で、バーナーでお湯を沸かしてシジミ汁を作り、おにぎりを昼飯にした。午後のおやつ時には焼きそばを作って食べた。もちろん食後の珈琲付きである。
 帰りに修学旅行の引率で来たことのある三本松牧場に寄った。思い出が甦った。特別支援学級にいたしゅんちゃんはジンギスカンが嬉しくて箸が止まらず、私の分も分けてやったことなど、途方もないことを思い出してはほくそ笑むわたしであった。
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奢る顔は見たくない [日記]

 憲法改正への動きが活発化している。9条に自衛隊を明記することをねらいながら、高等教育無償化をカップリングした首相案に焦点化されているのだが、そうなのだろうか。
 3分の2という「数の力」を感じる。同時に金太郎飴のように多様性を失った与党の「質の低下」を感じる。問題は、この数の奢りと失われた節度の中で、真っ当な憲法論議ができるのだろうかという疑問である。今朝の新聞では、憲法審査会のもどかしさから、自民党総裁は党内での独自の検討を命じた。
 こうした独断的行動が起きるのは、首相に権限が集中しすぎているからではないかと思ったのである。気になる条文がある。
 憲法第7条には、内閣の助言と承認により天皇の国事行為として行われる衆議院の解散がある。実際は、天皇は国政に関する権能を有しない(憲法第4条)のだから、解散権は内閣にあり、事実上、内閣の長である内閣総理大臣が解散権を握っている。この「内閣総理大臣の専権事項」「首相の伝家の宝刀」などといわれるものがあること自体、野党は尻込みし、与党は奢るのではないかと思うのである。
 なお解散には、内閣不信任決議案が可決された場合などの憲法第69条に基づく解散もあるが、1952年(昭和27)の吉田茂内閣の「抜き打ち解散」以降は7条解散が定着し、2014年(平成26)末時点で現行憲法下の解散23回のうち内閣不信任決議を受けた解散は4回のみということらしい。
 まさに、数の力に都合の良い状況ができあがっているように思う。合わせて7条も論議してもらいたい。二度と奢る権力者の顔は見たくないから。
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カフェ ソサイアティ [日記]

  80歳を越える巨匠ウディ・アレン監督作品ということもあり、にわかではあったがフォーラムに向かった。金曜日の午前中ということもあり、客は十人程度。映画に浸れる幸せを実感することにした。
 映画は1930年代のアメリカ、古き良き時代が横溢するラスベガスが舞台。全編を通してジャズがスイングする。展開も早い。面倒なこともスルリと前へ進むストーリーにやや無理を感じながらも、その小気味の良さに快感を覚える。見栄えのしない男と愛する女性との出会いと別れ。男は、過去を引きづったまま出会った運命の女性は、奇しくも同じ名前の女性だったという喜劇的側面もある話である。
 社交界という華々しい世界で着々と成功の階段を登り、2人の同名女性に徐々に翻弄されていく男の人生を描いたロマンティックな作品なのだが、ここで「あれーっ」と思う節がある。「ああーそうか」と今年の名作「ラ・ラ・ランド」を思い出す。成功を夢見る男女が挫折を感じながらも、徐々に思いを寄せあいながら愛を深めていき、現実に直面する展開。そしてあの時こうしていたら、こうしていれば、という自分が下した選択への後悔。この辺の主題はまさに一致しているのかもしれない。
 いずれにしても、近頃、こうした夢物語を気持ちよく観ているとなんだか幸せになってくる。所詮、見果てぬ夢とて、体中を駆け巡る血が騒ぐのはよいことではないか。
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何やっているんだ!国会 [日記]

 昨日は、パセリや青シソを植え、産直に野菜の買い出しに行った後、目的もなくテレビのスイッチを入れたら国会中継をやっていた。テレビに向かって文句を言ってもショウガナイのだが、だんだんと腹が立ってきた。
 国の最高議決機関たる国会の様子をじっくり見ることなどなかったが、正直悲しいくらい呆れてしまった。
 子どもの頃、社会党に楢崎弥之助という代議士がいて、総理との迫真のやりとりに圧倒された記憶が今も残っているわたしには、まるで子どもの戯言のように見えた。
 一番気に食わないのが、再三見られたにやけた顔、それに、人を小馬鹿にしたような態度と相手を見透かしたような返答が繰り返されていた。
 いじめは、子どもたちが生きる空間が閉じていることから起こる。つくづく大人もそうなのだなと思う。閉じた集団では、自由な関係よりも、むきだしの序列付けや排除や差別が起こる。
 質問すればヤジが飛び、「ばかだなぁー」と言わんばかりの与党側委員の顔がテレビに映る。安倍くんの政党を揶揄し、まともに応えもしない言葉に「うなづく」のも彼らだ。すべてが同質化した与党は多様性を失い、対立構造が明確な野党の攻め手も、三分の二という多数の力で相手にもされなければ、ことごとくイナサレル。そしてカラカワレル。
 この本質的いじめの構造が横たわる集団全体には、きちんと外の風が入るようにならなければ、とんでもない方向に進みそうだ。いささか寒気がした昼下がり。
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カンボジアから帰国 [日記]

 先月末からカンボジアに行ってきました。
 昨日帰ってきたのですが、連日の猛暑でバタンキューの状態、昨晩はもう何年かぶりの9時間爆睡でした。
 これから、少しずつ旅行記を書くつもりです。
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