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背筋が伸びる話 [日記]

 こんな雑談をしていた。
 現職の頃は毎日が濃くて、フルカラーの毎日だった。退職してからの1年はあっという間に過ぎて、5年も経てばパステルカラーの日々になっているような気がする。このままだと、70代で水墨画の世界に入り、80を過ぎた頃はピカソの世界に入り、90代で夢の世界が広がるのだろうか。長生きすればだが・・・・。
 こんな時、漆聖と言われた松田権六(東京芸大)の言葉に出会った。おおよそ次のようなものであった。
 1日というものを「貴い1日」にするもしないも自分次第と思います。元より嬉しい日もあれば悲しい日もあります。時折襲う虚脱な心境も否定はしません。ただ申したいのは、その時なのです。大切なのは。
 怒らず、恐れず、悲しまず。正直、親切、愉快に力と勇気と信念とをもって自分の生き方に対して恥じることなく、常に平和と愛とを忘れない「人」として生きることに全力を傾倒していくのが「生きる」ということではありませんか。
 なんだか、背筋がピンと伸びるような話ではありませんか。

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「消滅」症候群 [日記]

 安保法制が成立してから1年経ったというニュースが流れていた。あーそうか、随分と早いものだなと思う。
 自然消滅というものがあって、都合のあまりよくないことはそれで助けられることもある。ところが、この頃は、問題の先送りどころか自然消滅しているような気がする。
 南スーダンも森友学園もいずれそうなってしまいそうな気がする。獲得した票にものを言わせる政府の不遜ともいえる言動に打ち負かされている野党もだらしない。
 今日もそんな類いの記事が目に入った。国連の「核禁止条約交渉」へ日本は参加しないことになったらしい。核なき世界を標榜するオバマさんを広島に招いてから数か月、トランプさんが大統領になったら、現実的対応に打って出たのだろうが、そんなに軽いものだったのですかねぇ。
 日和見すぎる。こんな風見鶏に日本の羅針盤を任せてよいのだろうか。唯一の被爆国としての有り様を捨てたのだ。これだから九条だって捨てられるのだろう。
 肝心なことを消滅させない対立軸が今、「軸ナシ」になっている。

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ハート学年の卒業 [教育]

 最後の年に入学してきたのがハート学年でした。その子どもたちが卒業するのです。
 いつもメソメソしていたRさん。6年生に連れられて登校していたH君。・・・・・思い出を手繰りたくて、『いちょう』№233号を開いてみた。いつものように顔写真があり、そこに将来の夢が語られていた。27人の顔は、大きく成長し、6年前の面影を残しているのは2,3人もいなかった。それでも、じっくり読んでいると、だんだんと名前と顔が一致してきて、思い出が甦ってきた。その度に小さな感動を覚え、体全体が温かくなってきた。
 よく見てみると、吹き出しで入学した頃抱いていた「なりたい人」について、筆跡も定まらない字で掲載されていた。ずうっと見ていった。そして何ということだろうか。Y君は「こうちょうせんせい」と書いているのではないですか!Y君にとっての校長先生とは、それはとりもなおさず「わたし」なのです。でもそのY君の今の夢は、「地震の研究家」になりたいのだそうです。・・・そう言えば、入学式は震災から1か月も経っていない4月8日でした。
 そんな子どもたちに会いたくて、18日(土)に卒業式に行ってきました。
 いつもの歌声、いつもの態度、そしていつもの空気に感動してうるうるすることしばしば。
 この頃は、子どもたちの姿に身が引き締められる思いです。
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せんせい [教育]

 講演会を誰にするか。この時期になると人選が始まる。T先生が重松清氏を推薦したのだが、あいにく読んでいなかった。本屋に行って数ある単行本の中から選んだ一冊が『先生』。それを東京出張電車の中で読み上げた。中は、6つの短編が載っている。先生方に是非読んでもらいたいと思ったものをあげてみよう。
 『ドロップスは神さまの涙』。優れた養護教諭というのは、ここに出てくる「ヒデおば」のような方なのだろう。かつては何処にでも居たような気がするが、今はどうなのだろう。子ども理解とは、目の前の事実の読み取りの積み重ねであるとつくづく思う。保健室は「もう一つの教室」なのである。
 『にんじん』。ニコライ・ハルトマンは、「子どもはそうであると思われている表象に従って自己を形成していく」と言う。教師からダメと思われた子どもは、その「ダメ」という刻印に向かっていくというのである。にんじんと名付けられた男子は、そんな子どもであった。20年後の回顧の中で先生は自戒するのだが、にんじんは成長していた。
 『泣くな赤鬼』。甲子園に行けなかった老監督の話。退部し退学した齋藤と10年後に出会ったとき、彼はがんの末期を迎えていた。監督が何度も彼を見舞い褒める。・・・・監督は変わった。勝つことしか考えていなかったあの頃、彼は齋藤を切り捨てていた。そして今、退部した奴、ケガで挫折した奴に心が向くようになり、その一方で勝てない監督になっていた。
 重松清作品の9割は、生徒と先生の関係を扱っている。
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つくる&アカとクロ [日記]

 今、本屋では村上春樹の新作が棚に積み上げられている。早く文庫本にならないかなぁと寝室読書派は期待している。重い本を持って寝て読むのはつらいのだ。
 前作の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読み終えた。言葉との出会いを紹介しよう。
 一つは、「封を切ってしまった商品の交換はできない。」という下り。つくると旧友アカとの会話の中で交わされる。後からダメ出しができないことは多い。だから人は後悔する。だから、封を切る前に慎重であるべきなのである。
 もう一つは、「誰だって重い荷物は好きじゃないさ。でも気がついたときは重い荷物だらけだ。それが人生だ。セラビィ」である。クロに会いにやってきたヘルシンキの空港で乗り込んだタクシードライバーとの間で交わされる。同時並行読みのトルストイの『人生論』に通じることを中年運転手はサラリと言ってのける。
 村上春樹作品は、主人公が多彩である。生き方が個人的で興味深い。けれど、主人公はさほどエライことは語らない。周囲の人物にこうした格言めいたことを語らせている。これも村上作品の魅力なのかもしれない。
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