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年に一度、会って飲む [日記]

 昔の仲間が集まった。大きな仕事を5年前に成し遂げ、その時、毎年会おうとこの会が始まった。去年は出席者が減った。これからだんだんこうなるのかなと思っていたら、5回目のこの日、出席者が増えた。これで当分やっていけるとの確信を得た気でいる。
 難い挨拶はやめた。5年も経てば立場も環境も変わるということで、みんなに近況報告をお願いした。
 退職時に歩み始めた道の転換期にかかっていることを感じた。総じて引退して家に引きこもる人はいない。なんだかんだと引っ張り出され、みんな現役活躍中だった。とくに、女性は元気がいい。介護と仕事の両立、肉親との悲しい別離等々、女性には男とは違った悲劇が付きまとう。それを乗り越えた彼女らの芯の強さは男どもなど及ぶべくもない。
 まじめな人が体調を壊している。同じペースで同じような責任感でやっていたら、身が持たない。だのに頑張ってしまうのが昭和の人なのか。「力抜けよぉー」と彼の肩をたたいて別れた。
 あの時も今日のこの日も、会が引けてから思うのだが、彼とはあまり話さなかったなぁと思う人が必ずいるものだ。でもこの頃は万人に良くなどとは思わぬことにしている。私と彼とは、ある種の動物的な感覚で一定の距離を保っているのだと思う。そういう関係も有りと思う。いろいろな関係があるのだよ。

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田原総一朗氏を迎えて [日記]

 土曜日のことですが、昼下がり、駅に講演者の田原氏を迎えました。娘さんと同行され、改札口の向こうに会釈をしたら、かすかな笑みとあの目で合図が送られてきました。
 気難しそうだと思い込んでいた気持ちにやや余裕が生まれました。タクシーに乗り込み、すぐに出た話題が加藤紘一氏のこと。鶴岡には3度訪れているようで、「首相にしたい政治家だった」と感慨深げに話されました。意外と気さくな方のようで、山形県や山形市、鶴岡市などの人口を矢継ぎ早に聞かれ、ちょっとびっくりしたのですが、得意な分野なので切り抜けました。
 霞城公園を右にして、今度はわたしから最上義光の話題を投げかけてから、「山形の印象がよくないのは、NHK大河ドラマの扱い方が悪いせい」と言ったら、田原氏は自分が彦根の出身で、常にドラマの舞台になっているとかわされたみたいになりました。そして、娘さんが来年(「西郷隆盛」だと思うが)も取り上げられることを話されたのですが、どうもわかりません。
 本当は、どうして西郷が彦根?と尋ねたかったのですが、そこは切り込む勇気はありませんでした。
 去年の山本一力氏、その前の茂木健一郎氏も五木寛之氏も、みんないい人だったことを思い出しています。都知事選に出たあの人を除いては・・・・。

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