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狎れ合いネットワーク 2 [家族]

 悪いながらも症状が安定してきたことから、今朝9時30分、父の転院が告げられた。高度医療を施す病院が療養型病院と区別することで、医療点数の稼げない患者を排除することが当たり前のように行われている。明日をも知れない老人が新年早々転院することになる。
 「1月5日と聞いたのですが?」妻が訊いた。主治医はパソコンの患者データを開いて確認しようとしたが、転院先のデータはまだ記録されていなかった。つまり、病棟はもとより主治医は知らなかったのだ。
 医療支援センターの「I」と転院先のコーディネーター同士のやりとりがあったにしろ、その中味は共有されていなかったし、主治医にも知らされていなかったことになる。
 なのに「I」は、昨日28日の夕方、「転院が決まった」と告げてきた。「I」が我々に最初に転院を告げたのが21日だった。ところが病状が悪化し、22日主治医から「転院は無い」と告げられていた。つまり、21日のことはキャンセルされているはずなのである。
 最後に主治医に確かめた。「悪いながらも、安定してきたから、転院は無いということが変わったのですね」と。そして聞いた。「なぜ、そのことを“I”から聞かなければならないのですか?」そしたら「わたしから伝えるべきでした」と主治医は答えた。
 「今後はナースから連絡させていただきます。」と主治医は言った。なにを意味するのだろう。しばし考えた。「I」は逃げたのである。権限のない者がこうした越権行為をしたのだから。権限には責任がつくものである。責任のない者の暴走してはいけない。「I」は今日に限って臨席しなかった。おそらく転院に関する上司の「決栽」もないのだろうから、出られなかったのだろう。
 帰宅してまもなくして、転院先の病院から入院手続きの書類が届いた。ここまでやるかぁと驚いた。主治医から転院を告げられて数時間後、書類が郵送されてきたのです。
 何を言おうが、コトは進められていた。これは絶対にやってはいけないことではありませんか。「I」は28日にここまで仕事をすすめていたのです。
 わたしは父の転院に反対なのではありません。高度医療施設として当然のことだと思います。問題は手続きです。主治医よりも先行した一看護師の振る舞いはどうも納得いかないのです。「こういうのはこうなるのよ」みたいな狎れあいに反吐が出る程の悪臭を感じるのです。


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神がかった力が? [日記]

 バルセロナのネイマール、メッシ、スアレスのグッズをおみやげに買ってきてやるからね、と孫たちに約束していたのですが、父の入院とともにスペイン行は取りやめとなりました。
 実はこの話には、「前」があるのです。夏頃、ポーランド行きの予約をし、準備を進めていました。カタール航空便で中東のダーハ経由です。あのジャパンワールドカップ行きを逃した「ダーハの悲劇」の場です。ところが、その後パリで爆破事件が起き、中東のシリア情勢は混沌としてきました。そこで、旅行会社に電話をしたら、「予約は三人です。」ということ。我々の他1人ということです。まもなくキャンセル料が生じる時期、止む無くキャンセルしました。
 そして、仕切り直しで進めていたのがスペインでした。
 ツアーのキャンセル料はもとより、JR、ホテル、土産等々、準備に費やしたお金と労力すべてが無駄になりました。
 でも考えてみると、こうまでして行かせようとしない何かの力が働いているようにも思えてきます。そうしたら、トルコでの爆破事件が起き、また何となくきな臭い情勢になってきました。誰かがわたしたちに「行くな!」と言っているようにも思います。
 こんな不思議なことが続いた一年でした。

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狎(な)れ合いネットワーク [家族]

 ネットワークというものは、違うもの同士を結ぶシナプスのようなもので、情報化社会が生んだ逸品である。
 それを利用する者は、部署間の渡りに費やす膨大な時間を節約でき、成熟社会がもたらすサービスを受けることができる。
 今回、病棟と保健医療センター(以下センター)と介護施設とのネットワークの中で、患者である父の今がある。痰が詰まって入院した時、5日から1週間の入院と告げられ、実際、病棟側の主治医は、ほぼその通りに退院を告げてきた。
 すぐに、介護施設と父の着替えや迎えなど退院の打合せをした。今になって思えば、電話に出たSさんは、一瞬口ごもったことを思い出す。
 次の日、退院に赤信号がともる。センターのIさんと施設のSさんとの話し合いが陰で行われ、施設は受け入れを拒否した。Iさんが伝えたのは病棟からもらった看護士からの情報である。耳も聞こえない、声帯もないコミュニケーション不能の父に叫んで得た、「うんうん」だけの情報を文字化したものである。「あなたは実際見たのですか」「どうして施設と話し合うことを教えてくれなかったのですか」と問い詰めたところで、回答などなかった。
 退院ができないこと、施設に戻れないことを知った父は、急激に衰退した。退院を告げられた時、頬に笑みを浮かべ喜んだ、たった5日前の姿は戻らなくなってしまった。
 施設は「受け入れ拒否」を、センターは「療養型病院への転院」を、ともに過去の例から類推した得意のパターン思考によって決めていたのだった。ネットワークには、慣れと刷り込みはあってはならないはずだ。
 今になって、もはや施設には戻れないから状態だから施設に文句はない。ところが、ネットワークの中心たるセンターのIさんは、まるでカウンセリングでもやっているようなスタンスだった。何度も専門的なアドバイスが欲しいと言っているのに、明確な助言は無かった。「ご家族の思う通り」と言いながら、わたしたちは新たな施設に訪問する所だった。
「見込みないですよね?」と聞いたら、頷きかけて「ううっーん」と打ち消した。彼らは気が済むまでやられたらの姿勢なのだ。こんなことで、一瞬輝きだした希望は10日間の徒労によって閉じようとしている。

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介護から看護への道は戻れない道 [家族]

 疲れ気味だったので帰ることを伝えたら、「退院か・・・」という反応が返ってきた。
 もう施設には戻れないことを告げてから丸一日、顔からは生気が消え、物を取るのに自分の腕を動かすのも億劫になってしまった。気を取り戻してもらうために告げたことが後悔される。昨日、あんなに説明したのに、父から出た「退院」の言葉にすべてが打ちのめされてしまった。
 そこには、今でも「退院」をこがれる気持ちが隠されている。同時に、昨日という新しい記憶は残らない認知レベルになったことも示している。
 16日の水曜日、明日主治医から話があることを耳にした父は、「まだかまだか」と楽しみにしていた。17日木曜日の夜、施設が受け入れてくれたらという条件で退院が決まりかけていた時は、顔に血の気が差していた。そして、18日金曜日、打ちのめされるようなことが起きた。土曜日、日曜日と保健センターはお休み。わたしたちは、地団駄を踏むような2日間を過ごしてしまった。
 そして、今日、一昨日「8割方できる」と言っていた痰を取ることが、「できない」方にうなずくようになってしまった。足を見れば、再びリンパ浮腫が膨れ始めている。救急騒ぎから10日、もう歩くことなどできそうもない。63歳で喉頭癌を手術し、1年半かけて身につけた喉頭発声も全体的な体力の衰えからか出なくなってしまった。
 悲しいほど可愛そうで悔しい。
 よくなることなどは望んでいなかった。ただ、この入院が長引けば死は早まると直感していた。それが、たった10日で人間というものをここまで破壊してよいものなのだろうか。
 看護師が掴んだ情報はデータ化され、医師はそれをよく観ていた。すべては、そこから始まり、それが真実としてとらえられ、コトは進められた。基本的に他者とコミュニュケーションがとれない父は、耳が遠いことも重なり、問いに「ウン」とうなづいたのだろう。それが、痰が取れないから施設には戻れないことになった。
 わたしたちは抵抗した。それでも父が本当にそうなってしまったのだから、もう口から出る言葉は無くなってしまった。
 家から施設に移って1年8カ月余り、介護から看護への道、これは戻れない道だったようだ。
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折れた気持ちを奮い立たせるために [日記]

 「はなみずきにはもう戻れなくなったよ。」と紙に書いたら、父はけげん深そうな顔をした。意味がわからなかったのだろう。そこで「頑張ったんだけど、戻ることを拒否された。」と書いた。すると、苦虫をつぶしたような顔になったかと思うと、右目にうっすらと涙が滲み出てきた。
 痰を取る吸引という医療行為が必要となった今、施設には戻れない。それに父の状態はグループホームで賄える限界を越えていたのかもしれない。妻とわたしはその辺のことは理解している。ただ、父の気持ちを前に向かせるためには、敢えて「拒否」という言葉を使わざるを得なかった。
 「もっといい所を探してあげるからね。」と書いたら、少し小首を傾げたように見えた。「うんと高級なところだよ。」と書き、更に「お金もかかるけどね。えっへっへ!」と書いたら、顔に久しぶりの笑顔が戻ってきた。そして「晩酌が出るような所だよ。」と書いたら、口を開けて笑った。「ぜったい、探してやるからね。」と書いて、わたしたちは父にガッツポーズをして昨晩は別れてきた。
 一昨日の午後6時、主治医から余命2~3ヶ月の宣告を受け、わたしたちの考えを伝え、施設に退院を打診することになった。ところが昨日、施設との橋渡しをする病院の部署から施設に連絡が行き、吸引が必要とされた父の戻りは、事実上宙に浮いた。午前10時半、施設に向かった。受け入れのお願いとネブライザーのリースをお願いした。そのためには、父が痰採りを自分でできることが条件である。わたしたちは、病院に確認に行った。
 「痰を自分で採れる?」と書いたら、入院して一層病人らしくなった父は首を振った。「そうか。だったら退院できないよ。」と書いたら、必死な形相で「8割方できる。」と書いてきた。「全部できなければダメ!」と書いたら、父の口から力強く「できる」との声が出た。
 午後3時過ぎ、わたしの姿を見つけた主治医が声をかけてくれた。最後の見取りについては昨日の結論と何ら変わりはないのだから、「施設が受け入れてくれたら」と同じことを確認し、保健センターのIさんが施設と連絡を取ってくれることになった。
 午後5時、センターに行った。「受け入れてもらえません。」だった。それを聞いて、わたしたちは病室に戻った。そして、冒頭に書いた父とのやりとりがあった。
 こうして1日が終わってみると、施設側は明らかにはじめから「No!」だったことがわかる。病院に戻り、痰採りについて確認したり、主治医等と話したりしたが、すべては徒労であって、施設のSさんの頭の中には「結論ありき」だった。だったら、なぜ、はっきり言ってくれなかったのだろうか。
 わたしたちはIさんのことを「I先生」と呼んでいた。だから、呼吸器内科あたりの医師だろうと思っていた。何度も「I先生」という言葉を口にしたのに、Sさんはその間違いを指摘してはくれなかった。彼が間違うはずなどあり得ないことなのに。わたしたちの勘違いは彼女に実際会うまで続いた。
 わたしは、Iさんに会って言ったことがある。「どうしてきちんと名乗ってくださらなかったのですか。医師と思っていたんですよ。」と。すると、Iさんからは「看護師と言いましたよ。」と返ってきた。身震いするような寒気が走った。どこにもぶつけようのない怒りがこみあげてきた。医療行為が必要だから「受け入れNo」という話は、Iさんを医師に仕立てたままで事は推移した。これはあまりに確信的ではないか。
 とやかく言っても詮無きこと。施設側のことは理解しているし、父にとって必要な時期に、本当に手厚い介護をしていただき、感謝している。しかし、最後の腑に落ちない対応は、画竜点睛を欠いていた。
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軽減税率 蕎麦屋の勘定 [日記]

 いつものお蕎麦屋さんでのことです。常連だけだったせいもあって、軽減税率の話で盛り上がりました。朝刊に載っていた例で一番「?」だったのがお蕎麦屋さんだったからでしょう。
 店内で食べれば10%で、出前だと8%となるようです。単純に考えると出前が増えるのでしょうか。今、ざる蕎麦は税込みで700円ですから、税抜価格は648円ということになります。値段は据え置きと仮定してみます。
 店内で食べれば713円で、出前は据え置きの700円ということになります。ところが、この店は出前をしていません。母と息子二人で賄っているからできないのです。実際、蕎麦処山形のお蕎麦屋さんは、ほとんど出前をしていないのです。人を雇わなければならなくなるし、出前をすればメニューも増やさなければならず、ここにも人が必要になってくるのです。
 問題を焦点化してみます。軽減税率導入後、果たしてざる蕎麦は713円で提供されるのでしょうか。はっきり言って無理です。端数の付くのは客側も店側も迷惑です。
 まず、720円という許せる範囲での便乗値上げが考えられます。
 次に考えられるのが750円、これは原材料の仕入れに係る税率アップを見越した価格です。多分この辺だと思います。
 さて、ここまで考えてくると何のための軽減税率だったのかわからなくなってきませんか。生活必需品等の税率を下げて、国民の生活を救済する目的の軽減税率が値上げをよぶという大変なことが起きるのではないでしょうか。
 所詮、可視範囲にない2%に1兆円超もお金をかける愚策でしかないのです。

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今どきの病院風景 [日記]

  「お父さんのお通じはどうでしたか」などいざ入院すると、いろいろな質問が看護師から受けます。食事から下々のことまで。ところが、2日間で3人の方から同じ質問を受けました。
 昨日の若い先生「足が浮腫んで、ホルモン不足・・・」と言い、処置なされようとしました。「4月からリンパ浮腫」であったこと。「先月まで滲出」が続いたこと。これも別の先生の問診に応える形で伝えたはずなのに、先生は知らない顔をしていました。
 聞いてパソコンに打ち込むまではしているようなのですが、この病棟は情報が共有化されていません。看護師さんに何かを頼むと「ちょっと検査で・・・」とか「待ってね・・」とか言われます。ナースステーションの向かいの部屋から様子を伺っていると、パソコンに向かっているのです。医師とのじゃれ合いも目を背けたくなります。どうして患者に向かうことを優先できないのでしょうか。病院もしばらく見ないうちに変わりましたね。
 お医者さんたちにも告げたいことがあります。91歳にもなる老人を完全な体に戻そうとなされているのですか。そんなの家族が望むべくもありません。わたしたちは、病気の父と30年以上も付き合ってきて、今はいい按配で長寿を享受しているのです。毎日の観察から山ほどの薬も削ってきました。そして、今の「命」があるのです。
 人を診るなら、その人の歴史と家族との思いを少しは汲んでみて下さいな。
 何が情報化ですか! データだけなら山ほど積めますよ。

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軽減税率と「3万円」~卑劣なやり方 [日記]

 消費税増税時に始める軽減税率の話が、生鮮庶品から加工食品まで広がっています。税収減は1兆円近くと見られていますが、何で埋め合わせるのか見えていません。社会保障の充実を謳っての消費税増税なのに、意味がよく説明されていません。
 また、来年の参議院選挙前後には、お年寄りを中心に1人3万円を配る「臨時給付金」の概要が示されました。一度集めた税金を再配分するバラマキがこの頃多くなりました。政治の役割とはそういうものなのでしょうか。
 この二つの話に、二つの共通項を見ることができます。
 一つは「選挙対策」。自民党と公明党の選挙協力をめぐる両者のせめぎ合いですね。軽減税率によって消費税増税の負担感からくる批判を避けたいという思惑もあるのでしょう。また、3万円のバラマキは対象が1千万人超という露骨な票稼ぎです。一度集めた税金が選挙に利用されていると言っても過言ではありません。まさに国民を欺く行為だと思います。
 もう一つは「富の再配分」。税率をあげて集めた税金の一部を、生活物資購入時の負担軽減や還元金に回していくことになります。これは、低所得者ほどうれしいことになります。富める者からそうでない者へお金を回すことは課題でしたから。「老」から「若」へ。「正規」から「非正規」へ。「大」から「小」へ・・・・など、これからの日本を支える意味で、やらなければならないことだと思います。
 問題は、それが選挙に堂々と利用されていくことです。
 あの安保法制の議論は、政権が発する言葉の曖昧さが多くの人々の不信を生み出しました。人気を集める技が蔓延るほど、「しょうがない」と思う人が多くなり、政治家がますます劣化しているように思えてなりません。

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父と一日、医療現場から [日記]

 12月3日、父は91歳の誕生日を迎えました。
 今朝6時54分、父の居る施設から電話がありました。「呼吸が苦しいと言うので救急車を呼びたいが、何処の病院へ搬送しましょうか。」妻と相談した結果「市立済生館へ」とお願いしました。実は、昨日も一昨日も父の姿を見ているので大事はないと判断し、近くの病院を選びました。
 済生館へ向かう途中、電話がきました。救急隊のイシザワさんからでした。「検査を始めからするよりは、かかりつけの病院の方がよいのでは・・・」と提案いただいたので、もとより父が30年近くも通い続けた「県立中央病院」をお願いしました。イシザワさんは、「県立中央病院に受け入れをお願いしてみます。」と応えました。
 わたしたちは、県立中央病院の診察券を取りに家に戻り、病院へと向かいました。救急の入口で父の名を名乗ったのですがいません。しばらく待っても来ないので再度尋ねたら、受付の方が外来まで電話してくれました。それでも父は見つかりません。午前8時30分でした。
 着信履歴から救急に電話をしました。そこは東北中央病院でした。問いただしたら「済みません」の一言だけが返ってきました。施設に届けてある診察券のコピーを見ているはずなのに、どうしてこんなミスが起きるのでしょうか。
 午前9時、救急の担当医はMI先生でした。「喉に痰が固まり詰まっていた」ことに「えっ!」と反応したら、突然怒り出したのです。そして、「やむを得ず診た」とまで言ったものですから、「やむを得ずとはどういう意味ですか?」と問いました。MI先生は「自分は内科が専門・・」とか応えにならない言葉を口にしました。肺炎などを心配していたのに痰詰まりと言われた驚きの「えっ」だったのに、彼は診たくもないのに「やむを得ず」診たのだろうか。今更ながら、弁解は山ほどできるのでしょうが、この瞬間の意味合いはまさにそれであったと思います。
 それから、紹介状が出るまで待たされ10時30分、県立中央病院への搬送が決まりました。
 午後3時、父はベッドに横たわっています。酸素2ℓ終わるまではとトイレにも行っていません。オムツは言わずと知れたこと。四方を柵で囲まれ、自由に歩けた施設とは勝手が違います。酸素マスクまでつけて、父は立派な病人になりました。そして、超高齢老人にとって入院は危ないことを直感しました。便箋を買ってきて父に書いたものを見せました。
「寝てばかりいたら、すぐ歩けなくなる。戻れないぞ!」父は大きくうなずきました。
 冷たいほどの高齢者医療環境を目にすることができました。わたしは決して批判しているのではありません。介護看護の境界線みたいなものを背筋の凍るような思いの中で見たのです。年を取ったら、覚悟せねば。

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欧州からの二つの警鐘 [教育]

 タフな日々が続いた。お蔭で風邪が抜けず、ガラガラ声が治らない。仕方がないので今晩のコーラスは休むことにした。今朝であった二つの文を紹介しよう。
① 「身近」にいるだけでは多様性があるとは言えない。
② 「尊重」は無関心に転じやすい。
 朝日新聞に掲載された、“戦後70年エピローグ、『縮む世界 拓く心の距離』”から抜き出したものだ。これは、多様な文化の共生を掲げてきた欧州で起きている見えにくい分裂について書いてあるのだが、出会った瞬間、わたしは、これは学校だ!と思った。
 まず①である。いっしょに居るだけでは多様とは言わない。互いがわかり合えなければ、理解というものがなければ、誤解であってもいい、自分とは違う人柄、考え方・・・などがあることに気付かなければ、その集団は寄り添っているだけで多様とは言わない。だから、喧嘩でもいい、共同作業でもいい、人間性同士がぶつかり合わなければ、そこに「多様」など見ることはできない。触媒によって化学反応が活性化されるように、教師の指導は個々の際立ちを擦り合わせなければならなくなるような授業と活動を仕組まなければならない。
 そして②である。事なかれ主義の集団に、いきなり平和主義を唱える先生が現れたら、子どもたちが不幸だ。尊敬もしていない尊重、意味も噛みしめていない尊重、ただ存在する者同士が居るだけで尊重し合おうなんておかしなことが起きている。いじめの世界、実はこの「無関心層の拡大」を危惧している。人が人に対して抱く関心によって、人間関係が始まるとするならば、この無関心であることにこそ、警鐘を鳴らし、改めるべきなのではないだろうか。人が人を好きになり、嫌いになり、やがて「間」を考えられるようになったのが「人間」だ。人が他人に対して抱く興味の薄れが心の距離を広げているように思える。
 
 
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