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佐伯 胖 先生 [教育]

 先生のことが、ちょっと前になるが雑誌『教育展望』に載っていた。今は、田園調布学園大学大学院人間学研究科で幼児教育を舞台に活躍なされている。それでも研究の中心はやはり「人間について考える」ことのようだ。
 わたしの学ぶことへの関心は『「学び」の構造』(1975)に始まっている。先生の師とも言える村井実氏の著書を通じて知った。以後、著作は熟読したつもりである。附属時代、何度も公開研究会の講師にお迎えしたいと依頼したこともあったが、ダメだった。東大の教育学部時代はそれこそ多忙を極めていたのである。
 念願叶い、先生をお迎えしたのは、教育文化フォーラムの時だった。わたしは43歳、今は無い「後藤又兵衛旅館」で席を共にすることができた。当時、先生は岩波の教育学講座を編集しておられ、背負うリュックは10キロを上回るほど資料を持ち歩いておられた。
 それから7,8年後、東大教育学部大学院の基礎学力開発センターが、国家的研究プロジェクトのCОEとなり、わたしはその地方協力委員として加わった。その場で、山形の「さんさんプラン」が公表された。長南博昭氏がプレゼンした。資料作成はもちろんわたしである。時は平成13年、山形と言う名には、飛ぶ鳥を落とす勢いがあった。
 その後、会議で先生のお顔を見ることはあったが、会議が苦手な英語であったこともあるが、蔵王二小に転勤するに至り、足は遠のいた。以後、先生の消息も知らずにいたところ、前出誌に出会い、思い出が一気に甦った。
 わたしの書棚の目線の高さに、岩波の『教育学講座』が今も並ぶ。

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「きめ細かな指導」を問いなおす [教育]

 山新が報じる「県学力向上プロジェクト会議」の記事を読ませてもらいました。「きめ細かな指導の中身を検証したい。」という江川校長先生の発言に共感しています。
 今、ソフトバンク対ヤクルトの日本シリーズが行われています。2戦ともソフトバンクの圧勝でした。解説の山本正がヤクルトについて「攻めも守りも重いですねぇ!」と言ったのにも思わず唸ってしまいました。
 手のかかる子どもに時間を費やせば、授業は重くなります。テンポもキレも失います。そして、面白さや楽しさで言い表されるような学びではなくなるのかもしれません。こんなことは滅多に言えることではありませんが、子どもが主体的に学ぶことのできる授業を構成することと、手のかかる子どもに手当てする授業では、どちらが難しいでしょうか。経験上、比べるべくもなく、前者がはるかに難しい。
 「きめ細かな指導」は「分からない子への個別指導」だけではないということ。むしろ、探究型学習におけるきめ細かな指導というのは、子どもの目線、意識、感覚、思い、問い・・・それらをどう受け止めて、どう切り替えしていくか教師の指導の中身にメスを入れることなのです。これは決して新しいことではありません。こうしたやまがた教育伝統の中で、まずは、「よき学び手」を育てていくことが大切なのです。手取り足取り個別の指導も時には大事です。でも、それできめ細かな指導としてはいけないのです。江川校長先生、よく言ってくれました。

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「探究型学習」って? [教育]

 「児童生徒が自発的に学ぶ探究型学習の取り組みを全県的に始めた。」
 県議会文教公安常任委員会のやりとりを山形新聞はそう報じています。
 文科省が唱える「アクティブラーニング」を本県では「探究型学習」ととらえ、それが全県で展開されるとの宣言であり、大いに期待しています。
 ただこんなことが考えられます。
 「自発的に学ぶ」学習は、多くの学校が長年取り組んできた課題であり、新しいものではないと言うことです。昭和58年11月15日の中央教育審議会教育内容等小委員会審議経過報告にある「自己学習能力は・・・」以来、常に各学校が取組んできた課題であったはずです。
 それでは、何が新しいのか。「探究型学習」と考えられます。ところが、当時の学習指導要領に「探究の過程」があったのを記憶しています。しかもこれは中学校のそれにです。当時、「附属中」の研究集録は、『探究』でした。小学校ではなんと言われていたのでしょうか。それは「問題解決学習」であり、「課題解決学習」に当たると考えています。何が違うのでしょうか。
 導入場面における教材構成提示に大きな違いがあるととらえています。「自発的」の言葉に惑わされるまでもなく、教師の関与は発達段階によって考えられなければなりません。小学校では、自ずと教師の役割は大きくなるのではないでしょうか。諸先輩はここに命を賭け、多くの伝説の授業が展開されました。この場面に動機づけられた子どもたちは、それこそ自発的に学習を展開していったのです。真に学ぶ楽しさを知るのです。
 「自発的」という言葉によって、教師の指導性が後退したのでは、学力は上がるどころか、心配が膨らみます。「探究の過程」とも違う山形版「探究型学習」を完成していってもらいたいと願うばかりです。

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「今」「ここ」を大切に [教育]

 第二職場も4年目になりました。会議の案内状を作り、出す段階になって間違いに気づきました。日時や会議の回数が前回のままでした。コピーと貼り付けの連続からのミスです。習慣化や日常化からくる惰性や心の緩み、更に加えるならば老いの鈍りを痛く感じたところでした。
 一方、人との出会いに対する考え方や行動が変わりました。黙っていれば細る一方の人間関係です。無闇に広げようとは思わないまでも、「大切に」と思うようになりました。具体的には、手紙やはがきを出すことが多くなりました。何もできるわけではないのですが、「伝えたい」「言ってあげたい」という気持ちが湧くのです。それと関係すると思っているのですが、料理することが一段と好きになりました。「うまいよ!」と言ってもらった時など、宙に舞う思いになるのです。人に尽くすことで自分が生かされている、この実感こそ、生きていく上でとても大切なことだと思います。
 ヒトもコトも同じです。初めて会う人に対するように、二度と会うことのない大事な場面であるかのように、渾身の力を秘めて、真摯な気持ちで「今」「ここに」に大切にしていきたいと思っています。

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つながることの大切さ [教育]

 マイナンバー制度が導入される中、不正が行われた。殺人も詐欺も最近多いような気がする。報道される度に、そういう人間を見ていると、つくづくみんな表情が悪い。
 表情が悪いから悪事を働くのか。悪事を働いたから表情が悪くなったのか。それははっきりとはわからない。それでも感じることがある。世の中が悪い!政治が悪い!・・・という人が多くなったのではないか。だから表情の悪い人は増えているのかもしれない。
 自分の利益のためにあくせくし、幸せとは何かさえ分からなくなっているような時代が一番いけないと思う。決して「自分のために」というのが悪いわけではない。ただそれだけでは「人間」になれないのだ。人間となるためには、「人や社会とかかわる」社会参加が欠かせない思っている。六教振の「つながり」は、「社会参加を通した自己実現」を象徴的に表したものであると解釈する。
 明後日四小の公開研がある。出張で残念ながら行けない。四小は永くそれを求めてきた。それが見える限り、公開することができるのだ。
 1926年宮沢賢治は、『農民芸術概論綱要』でこう述べているそうだ。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と。
 私利より利他。周りを思うことの幸せ。こうした「つながりの感覚」が失われたら世知辛い世の中になってしまう。

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里山紀行 [日記]

 10.12里山に秋を求めてドライブに出た。まずは朝日町の大蕨を抜けて椹平へ。棚田が見下ろせる一本松公園には休息所がある。小春日和に満面の笑みをたたえたおばさんたちからお茶に誘われた。シナノゴールトの林檎、無花果の甘露煮、そして、多彩な漬物と遠慮なくごちそうになった。不思議と気が落ち着き、とりとめのない話に花が咲いた。ここには、満ち足りることをはばかるような些細な幸せがあると感じた。一袋300円の林檎を買い、わたしたちはたらふく御馳走になった。胃袋よりも心が膨らむようだった。
 大谷を過ぎて大江へ。十八才でお茶を御馳走になる。ここではアケビのずんだ和え、カタクリの絵胡麻和え、そして野菜の煮っ転がしをいただいた。買ったのは銀杏とパリッ割れるきゅうり、そして林檎をまた買った。ここのおばさんたちも同じだ。商売っ気が前に出てこない。ただただ楽しく暮らすことを自然にやっている。だから自ずと笑顔がこぼれるのだろう。
 柳川を通り、大井沢をめざす。途中、古寺鉱泉への道は塞がれていた。久しぶりに大井沢を走る。真冬の吹雪の中、校長先生に面談に来たこと、博物館で石磨きをして宝石を発見した時のこと等、いろいろなことが頭をめぐり、それを妻に話してやった。
 途中、弓張平に上がる。全山燃える紅葉に雄叫びをあげる。その帰り、未だ訪れたことのなかった岩根沢の丸山薫記念館に行った。大谷先生のことが頭に浮かんだ。丸山薫と過ごした日々をいつも熱く語っておられた。玄関に昔の岩根沢を描いた絵を見つける。「toshiko」のサインがあった。これはあの人の絵だ。あの人とは、本町のそば屋「さかい」のお母さんの絵である。
 心温まることが里山にはいっぱいあるようだ。

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小学校の教科担任制 [教育]

 全学年単学級の学校で教頭をしていたときです。20年近く前になりますね。週に7,8時間程度授業に出るというのが一般的でした。積極的に教科担任制をするというよりは、担任の先生方に空き時間をつくってあげるというのが主たる目的だったと記憶しています。
 1年目、専攻が理科ということもあって担当しました。すると、理科主任も兼務することになり、あまり使われていなかった理科室の備品整理に、1か月以上費やしました。
 2年目、国語の時間の一部、具体的には説明文に関する授業を担当させてもらいました。なぜだと思いますか。
 ある教科のすべての時間を受け持つことは、担任が全教科を受け持つことを前提とする小学校では、リスクをともなうことに気づいたからです。
 小学校での教科担任制が、昨日の県議会で出たようです。大規模校では可能でしょうね。
 理科でも算数でも、得意な先生にお願いすればよいでしょう。ところが、その先生がいつまでも大規模校にいるわけではなく、いつかは小規模校で受け持つことになるのは必定です。ブランクと苦手意識による大きなリスクが考えられます。
 近頃は、準備が大変、苦手ということで理科や音楽、体育が手放され、教頭や教務が受け持つ授業の定番に書写があるようです。つまり、学力向上のための教科担任制には必ずしもなっていないのではないでしょうか。
 小手先の教科担任制だったのですね。この問題は詰めていくと、小学校教員免許を獲得するための大学での履修の在り方まで改革していくことになります。
 課長さんが言われているように、現状を把握し、現行諸制度の中で、できることできないことを見極め、慎重に進めるべきでしょうね。

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