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ある文民警察官の死を知って [日記]

 1993年5月4日昼過ぎ、タイ国境に近いカンボジア北西部のバンテアイミアチェイ州のアンピル村で、そこに駐在していた国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の日本人文民警察官5人が、オランダ海兵隊部隊の護衛を受け、車両6台で国道691号線を移動中、身元不明の武装集団に襲われ一人が死亡し、4人が負傷した。
 死亡したのは、高田晴行・岡山県警警部補(33)、文民警察官、つまり丸腰の警察官の犠牲は初めてだった。
 先日、NHKはこのドキュメンタリーを放映した。アンピル村には電話もファックスもなかった。空港で見送る家族の涙を見て、志願を誰もが悔やんだと回顧する。ポルポト派が蔓延る未開の地で、彼ら10人は恐れおののき、死を覚悟する。持ってはいけない銃を15㌦で買い、自分の身代わりを身銭で雇ってはこの地を離れたこともあった。そんな無謀ともいえる地を当時の川野辺寛警部・神奈川県警が訪れる。我々を襲ったのは誰か。当時ポルポト派の隊長だった男は国境警備隊の隊長に変身していた。彼は「イエス」とも「ノー」とも答えてはくれなかった。
 わたしは、この春、カンボジアのバンデアイチュマール遺跡を訪れている。赤茶けた土の道、緑のジャングル、そして今でも思い出されるのが、周囲の殺気立った空気だった。国道69号線といってもすれ違うのもやっとの埃の道、やがてすれ違う車もない。この道から外れた国道691号線で20キロ足らず、そこにアンピル村があったことを知る。そこは想像に足る壮絶な所だったろう。眠れたのだろうか。何を食べていたのだろうか。プノンペンの本部に居た明石特別代表は、選挙を成し遂げるために彼らをここに送った。彼はこの苛烈な状況を当時知っていたのだろうか。
 テレビを見て感じた憤りの地は、ついこの間、自分で踏んでいた土と変わらぬところであったことに驚く。こういうのを「実感」というのだろう。
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