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失言とは本音である [日記]

 失言によって大臣を辞めたからといって許されるわけではない。人は失言だったと詫びる。ところが、この失言こそが内面に隠された本音が吐露された姿なのではないか。わたしは、議員としての資格もなければ、人間として失格だと思う。
 人は、他人という存在を意識しながら、それを尊重して生きることができる。自分の欲求や感情と折り合いの付けられないで怒鳴るような人は、そもそも人間としての資質が疑われる。人間は、それを我慢することのできる稀有な動物なのだから。
 人間の価値というものは、いかに自分の欲求を抑制できるかどうかにかかっていると思っている。自分を抑制することは何もマイナスな思いだけではないはずである。
 ルソーは、あの「エミール」で言う。子どもを確実にダメにする方法、それは何でもかんでも与えてやることであると。今村氏は、多分、この我慢の経験が少なかったのではないか。あるいは、大臣になって、この抑制することを忘れたのではあるまいか。
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